
1980年代に入ると、上越新幹線の開業や関越自動車道の全線開通を背景に、新潟はバブル期へ向かって勢いを増していく。1981年に万代シテイ第一駐車場、1984年には第二駐車場と新潟伊勢丹がオープン。新潟伊勢丹の開店日には、平日にもかかわらず約10万人が来場し、1日で約2億3000万円を売り上げたという。

バスセンターから新潟伊勢丹やホテル、駐車場などをつなぐ連絡橋。今では当たり前の風景だが、当時は公道の上に商業施設の橋をかける例がなかったため、なかなか許可が下りず工事が進まなかったのだとか。今では万代シテイは連絡橋がかかり、信号待ちをすることなく万代シテイを回遊したり、やすらぎ堤まで歩いていけるようになった。
新潟伊勢丹がオープンした年には、「万代シネモール」もオープン。

シネモールビルに映画館ができてから、ハーゲンダッツの左上の壁には映画看板が出されるようになった。ちなみにこの時は「クロコダイルダンディー」と「オーバーザトップ」の看板が出されていた。
