
高度経済成長の中でインフラ整備が進む一方、1964年(昭和39年)には新潟地震が発生。昭和大橋の倒壊や石油コンビナート火災など、市内各地に甚大な被害をもたらした。
万代地区も液状化現象により、新潟交通の建物が約1メートル沈下。バス車庫は倒壊し、街は一時、廃墟のような状態になったという。

当時は空前のボウリングブーム。2フロアで100レーンを備えた大規模施設で「1ゲーム100円」「長い待ち時間」だったという話も残っている。
翌1973年(昭和48年)にはバスセンタービル、レインボータワー、そして現在のラブラ万代の場所にダイエーがオープン。ここで「万代シテイ」が誕生する。

ダイエーの開店日はオイルショックの最中で、この日だけで約8万人が訪れ、トイレットペーパー売り場に殺到する人々の映像が残っている。

1975年(昭和50年)には「万代シルバーホテル」、当時書店としては県内有数の売り場面積だった「紀伊国屋書店」と「三越エレガンス」もオープン。
アメリカからファストフード文化が日本に伝わり、より手軽に食事を楽しめるようになった1979年(昭和54年)には、シルバーボウルの隣(現在のラブラ2の場所)に、マクドナルドがオープン。その後、ミスタードーナツやケンタッキーフライドチキンも相次いでオープンする。初めてファストフードを食べたのは万代シテイだったという方も多いのではないだろうか?
